私が通っていたピアノ教室

小学校に入るとすぐにピアノを習いに行くようになりました。近所の上級生が一緒に連れて行ってくれたのと、ピアノの先生が大好きだったので、ピアノが楽しいというよりピアノ教室が楽しくて、自分のレッスンのない日でも教室に行って、順番を待っている女の子たちと遊んでいました。

ピアノ教室の先生

ピアノ教室は個人の小さな家で、ピアノの先生は小さい子供から見たらもうおばあさんといえるような年配の人でした。うちに帰ってもあまり楽しくなかった私にとって、ピアノ教室は私にとっては自分の居場所だったのだと思います。他の生徒がいない時に聞き覚えた曲を弾いてみたり、置いてあった絵本を読んでみたり、一人でも楽しく遊んでいたものです。先生はそんな私に「寄り道をしないで帰りなさい」ということは一度も言ったことがありませんでした。

かと言ってべたべた可愛がるでもなく、ただ、私の好きなようにさせていてくれていました。風邪で学校を早退した時までピアノ教室に寄って、おやつを食べてから帰ったこともありました。大雪の中、バスがなかなか来ないのに一緒にバス停まで送ってくれたこともありました。考えてみるととても迷惑な生徒だったことでしょう。

そんな私が小学校5年生のなる時に他の街に引っ越して、ピアノ教室を止めたのです。あんなにお世話になった先生に「いろいろありがとうございました」とちゃんと挨拶をしませんでした。新しい街、新しい学校、新しい友達、そして新しいピアノ教室。もう前に通っていたピアノ教室のことを思い出すこともあまりなくなっていったのです。

ピアノ教室を辞めてから

月日はどんどん流れました。学校の授業に関係のないピアノはほとんど弾かなくなり、音楽は聴くだけになりました。大学を卒業し、転職を繰り返したりしている頃、寂しい思いをすることが多く、何故か優しかったピアノの先生のことを思い出しました。

「ありがとう」も言わずに止めてしまった教室。先生はどうしていらっしゃるだろう。そんな思いが強くなりました。そう思い始めると矢も楯もたまらず、先生の家を訪ねることにしました。バス停から少し細い道を入ったところにある小さな家。黄色くなった表札には先生の名前がありました。あ、先生がいる。そう思ってノックすると先生の息子さんが出てきて、「母は半年前に亡くなったよ」と言われました。

もっと早く来ればよかった。「お弟子さんだったの?」と聞いて下さって、立ち尽くしている私に「お線香あげて行ってください」と言って下さいました。お仏壇に先生の写真、忘れもしない先生の笑顔が写っていました。私が発表会に出た時の録音がとってあって、聞かせてくれました。びっくりシンフォニーと連弾で埴生の宿を弾いたのを覚えていました。

発表会のプログラムも残してあって記念に1部もらいました。今でも大切に保存してあります。今のようにワープロなどないので手書きのあたたかいプログラムでした。

まとめ

先生は私のことを「いい子だ」と思って可愛がってくれました。そのことが大人になっても大切な思い出であると同時にだめになりそうな時の大きな歯止めになっているのです。ピアノのレッスン以外にたくさんのことを教えてくれた先生でした。

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