演奏が終わった後も、気を抜いてはいけなかったというお話です

小学一年生の四月から、高校受験の勉強を控えた中学二年の三月まで、ずっとピアノを習っていました。毎年一回、発表会が行われていたのですが、初めての発表会のときにガチガチに緊張していた私は、とある失敗をしてしまいました。

緊張した発表会

私の通っていたピアノ教室では、磨き上げた自分の技術を発表する場としてではなく、日頃の練習の成果を見せ、反省点や課題などをおさらいする場として、発表会を設けていました。そのため、順位発表や優秀者の表彰などはなく、会の締めくくりに声楽家でもある先生の歌を聞き、参加者やその保護者たちも一緒に童謡を歌うなどの場面もあるとても和やかなものでした。
このように書くと緊張する要素はあまりないように見えますが、大勢の人が見守るステージの上に、たったひとりで立った経験など、それまでの私にはなかったことでした。そのため、この発表会の舞台はとても緊張するものとなってしまったのです。ミスをしないように練習を重ね、何度も何度も楽譜をなぞり、一生懸命覚えましたが、当日の緊張は相当なものでした。。
当時はピアノそのものに消音や防音の装置をつけるなどの技術もありませんでしたから、毎日私が弾くピアノの音は自宅の中はもちろん、近隣の家にもばっちり聞こえていたそうです。幸いにもおおらかな人の多い田舎の片隅に住んでいたので、苦情や嫌味を言われたことはなかったと、のちに母から聞きました。
このように、既にたくさんの人に聞かれていただなどとは知る由もない七歳当時の私は、口から心臓が飛び出しそうなほど緊張して、ステージに上がることになりました。

発表会直前

舞台袖で、いよいよ私の緊張はピークに達しました。前の人の演奏が終わり、ついに私の演奏するときがやってきました。観客席でこのときの私を見ていた母は、「あんな強張った顔をしているのは後にも先にも見たことがない。」と、未だに言います。
小学校の、特に低学年の子は、だいたい短い曲を二曲ほど弾くのが慣例で、このときの私も二曲弾く予定でした。一曲目の出だしで、鍵盤に指を置いた瞬間から二曲目の終わりまで、私の頭の中にあったのは、一生懸命覚えた楽譜のことばかりです。無我夢中、とはこのときの精神状態のことを言うのだろうなと、今になって振り返れば思えるのですが、当時は本当に必死でした。
とは言え、弾いているうちにだんだん落ち着いてくるものです。二曲目が終わるころにはなりましたが、私の心にも少しだけ、余裕が生まれていました。よかった、何とか終わった。そんな安堵の気持ちだったと思います。これがいけませんでした。
無事演奏が終わり、さあ退場、というその場面で、私はやらかしたのです。入場、演奏、退場で客席側から見て舞台上の左から右へ、直線ルートで移動するはずが、緊張のあまり周りを見ていなかった私は入場した側、左側へと戻っていってしまったのです。
舞台の背景として設置されていた壁の裏側を通り、正式な退場ルートへ抜ける際の謎の心細さと、どうでもいいようなところで失敗してしまった恥ずかしさは、いつになっても忘れられないものになりました。

まとめ

ピアノの発表会は、たくさんのものを得る場にもなると思います。舞台度胸を身に着けたり、準備の大切さを学んだり、、パフォーマンスを見るだけでなく見せる側の苦労を知ったり、それこそさまざまなものを得られます。私の場合はこの初めての発表会で、「周りをよく見て、どう動くことが正解なのかをきちんと把握する」ことの大切さを学んだのでした。ピアノの発表会が教えてくれた、ちょっと風変わりな教訓だと、今では思っています。

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